ヤン・パトチカという哲学者

『思想』12月号が、チェコの哲学者、ヤン・パトチカの特集を組んでいる。パトチカは、1977年に、チェコの警察による過酷な訊問を受けて、70歳を目前に死んだとのこと。この特集を読むまで、私はこの哲学者についてまったく知らなかった。亡命することもできたかもしれないのに、チェコに残り、地下大学で解放運動をしながら死んでしまった人である。よい特集であると思った。

特集のなかで、今道友信が、生前に面識あった者として追悼文を書いている。例によって、臭みに満ちた文章で辟易とするが、それでもパトチカの面影は伝わってくる文章となっていると言える。おそらくパトチカは、今道のように自分はこんなにすごいということを言わないと文章が書けない人とは対照的な、ソクラテスのような哲学者だったのだろうと思った。

2007年の3冊

続いて私の場合(必ずしもお勧め本ばかりではありませんので注意)。

(1)樫村愛子ネオリベラリズム精神分析

ネオリベラリズムの精神分析―なぜ伝統や文化が求められるのか (光文社新書)

ネオリベラリズムの精神分析―なぜ伝統や文化が求められるのか (光文社新書)

今年出たネオリベ批評系の本としては、秀逸だと感じた。もっとも、タイトルから連想されるような「現代社会分析」はうしろのほうに少しあるだけなのだが、ギデンズ理論への批判、ジジェク精神分析を応用した日本社会の分析を試みた著書。ネオリベラリズム/貧困といった括りでは、ほかに岩田正美『現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護 (ちくま新書)』、本田由紀編『若者の労働と生活世界―彼らはどんな現実を生きているか』が印象に残った。

(2)中島みち『「尊厳死」に尊厳はあるか』

「尊厳死」に尊厳はあるか―ある呼吸器外し事件から (岩波新書)

「尊厳死」に尊厳はあるか―ある呼吸器外し事件から (岩波新書)

2006年3月に起きた、射水市民病院での呼吸器取り外し事件の詳細なルポルタージュ尊厳死法制化を望む声に対し、もうすこし慎重に考えるための事実を知ることができる本。ほかに「病/障害」系では、星加良司『障害とは何か―ディスアビリティの社会理論に向けて』、香西豊子『流通する「人体」―献体・献血・臓器提供の歴史』、井出草平ひきこもりの社会学 (SEKAISHISO SEMINAR)*1などが――必ずしも同意できるところばかりではないにせよ――面白かった。

(3)美馬達哉『〈病〉のスペクタクル――生権力の政治学

「病」のスペクタクル―生権力の政治学

「病」のスペクタクル―生権力の政治学

「理論書」といってもいいのだろうか。このジャンルの本をたくさん読んだ(読まざるを得なかった)が、いちばんよかったのがこの本。美馬さんは、医者でもあり、人文社会科学に関しても精通している方。〈病〉の事象を羅列しながら、思想的な分析を加える。ほんとうは、美馬さんもテーマをもうすこし掘り下げたかったのだと思うが、それは今後の仕事か。ほかにこのジャンルでは、大越愛子・井桁碧編『脱暴力のマトリックス (戦後・暴力・ジェンダー)』、ドゥルシラ・コーネル『限界の哲学』、品川哲彦『正義と境を接するもの: 責任という原理とケアの倫理』、ピーター・シンガー人命の脱神聖化』、安藤馨『統治と功利』などをよく読んだ。

(番外――復刊本)和辻哲郎倫理学

倫理学〈1〉 (岩波文庫)

倫理学〈1〉 (岩波文庫)

岩波文庫から和辻の『倫理学』が4分冊で復刊したのも今年。私は和辻倫理学を日本ナショナリズムのある意味典型だと思っているが、それも本書を読むところからしか始まらない。『人間の学としての倫理学 (岩波文庫)』も文庫復刊。その和辻批判をも含む(『人間の学としての倫理学』文庫版解説者でもある)子安宣邦日本ナショナリズムの解読』――これは新刊――も印象深い。

*1:この3冊はいずれも修士論文や博士論文である。

2007年の3冊

G★RDIASでも、2007年の3冊というエントリーをやってみることになりました(3冊でなくてもOK)。

(1)加藤秀一『〈個〉からはじめる生命論』

〈個〉からはじめる生命論 (NHKブックス)

〈個〉からはじめる生命論 (NHKブックス)

荒削りだが、非常に刺激的な本だった。生命倫理に、社会学と哲学から迫るという本。ここで問われているいくつかの問いは、きちんと応答しなくてはならないだろう。こういう仕事をきっかけにして、重要な哲学的な議論が生成していくはずだと思う。加藤さんは生命論からは距離を取るが、私は生命論の中心部から応答したいと思う。

(2)シービンガー『植物と帝国』

植物と帝国―抹殺された中絶薬とジェンダー

植物と帝国―抹殺された中絶薬とジェンダー

科学史の面目躍如といった感じの重厚な研究書。哲学書とは言えないだろうが、こういう作業にも引かれる私がいる。私自身はこういう仕事はけっしてできないがゆえに、あこがれるのかもしれない。単に「××の誕生」みたいなフーコー科学史をやる人がたくさんいるが、シービンガーのこの本はそういうスタンスから自由であるように見える。

(3)木村俊一『無限のスーパーレッスン』

無限のスーパーレッスン

無限のスーパーレッスン

数学の啓蒙書としては最高水準の本だと思う。「無限の操作」を有限時間で完了できるというパラダイムに乗ったときに、どのような不思議な光景が現出するのかを、見事に説明できている。私としては、数学の好きな高校生にぜひ読んでほしいと思った。人間の心と権力のどろどろの部分の研究をしていると、こういう世界の清涼感はほんとにうらやましいとか思うなあ。

(番外)大澤真幸ナショナリズムの由来』

ナショナリズムの由来

ナショナリズムの由来

ごめんなさい。まだちゃんと読めていません。けど、この本、これからの各賞をゲットするのではないだろうか。人文社会の今年の最大の話題作でしょう。

2007年度・新聞協会賞受賞・ワーキングプア I&II

 明日の夜 10:00〜11:28 に、NHKスペシャル「ワーキングプア」の過去2回の放送が、再編集されて放映されます。

http://www.nhk.or.jp/special/onair/071210.html

来週の日曜日には、第3回目「ワーキングプア? 〜解決への道〜」が放映されるそうです。

http://www.nhk.or.jp/special/onair/071216.html

 去年2回にわたって放送したNHKスペシャル「ワーキングプア」は、日本で拡大する“働く貧困層”の実態を伝え、大きな反響を呼んだ。今回の「第3弾」では、海外にも取材を広げ、問題解決に向けた道筋を探る。
 ワーキングプアの問題は、グローバル化が進む中、日本と同じように市場中心の競争を重視する世界の国々でも、今や共通の課題となっている。非正規雇用が急速に拡大する韓国では、低賃金の生活に耐えきれず自殺者が続出している。世界経済の中心・アメリカでは、IT企業のエリートまでもが海外の労働者との競争に晒され、低賃金に転落している。
 こうした国々では、問題解決に向けた対策も始まっている。米ノースカロライナ州では、地域全体で医療関連産業とその人材の育成に取り組み、ワーキングプアのための新たな雇用を創出した。貧困の連鎖が進むイギリスでは、子どもから大人まで手厚い保護の網を張り、国を挙げて貧困の撲滅に乗り出している。そして日本でも、ようやくこの問題を「社会の責任」と受け止め、ワーキングプアの人たちを支えようと模索する地域や企業も出てきている。
 番組では、世界と日本の最前線の現場にカメラを据え、直面する課題と解決に向けた取り組みを追う。そして各国の識者の提言も交えながら、ワーキングプアの問題とどう向き合うのか、もう一度、国民的議論を呼び起こす。

少女売春への罠:英国

BBCによると、英国で、イケメン少年をおとりに使って、少女を売春に引き入れる「インターナル・トラフィッキング」という手法が問題になっているとのこと。よくある手法は、12歳前後の少女に、イケメンの10代の男の子が近づいて、ボーイフレンドっぽくなり、携帯電話やジュエリーをあげたりしててなづけ、13歳になったらセックスをしてとりこにして、次には少年の「知り合い」とされる年上男性たちを客に取らされるようになり、気がついたら強制少女売春をさせられている、というもの。

The BBC has learned that internal trafficking follows a typical pattern in which a girl aged about 12 is approached and won over by a good-looking, well-dressed teenage boy.

He gives her jewellery, mobile phones and later drink or drugs, and pretends to be her boyfriend.

Once under his spell, the girl is turned against her parents and persuaded to have sex with her boyfriend's older "uncles" or "friends" to pay him back for the money he has spent on her.

Gradually, she finds herself spending all her time with the older men who force her, often with violence, to work as a prostitute.
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/7092401.stm

被害者少女は10歳からおり、子どもが子どもを引き入れる犯罪であるため、地下に潜行していて全体像がつかめない。少女は家族を殺すとかおどかされているので、口出しできない。BBCは、13歳で取り込まれた少女へのインタビューを流していた。現今の社会情勢を見るに、日本でもやがて同様の事件が起きることであろう。