人種差別発言と遺伝子の問題の件

DNA二重螺旋の発見者のひとりで、ノーベル賞をもらった、ワトソン博士が、人種差別発言を行なったということで話題になっている。

タイムズ紙によると、こういうことらしい。

The 79-year-old geneticist said he was “inherently gloomy about the prospect of Africa” because “all our social policies are based on the fact that their intelligence is the same as ours - whereas all the testing says not really.". He said he hoped that everyone was equal, but countered that “people who have to deal with black employees find this not true”.
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article2677098.ece

アフリカ人の知性・知能intelligenceがわれわれの知性・知能とは同じであると示しているテストは、まったく存在しない、と。慎重な言い回しだが、アフリカ人は人種としてless intelligentだと言っているのと同じことである。

ということで、英国を中心に例によって大騒動になっている。ワトソン博士は以前からも問題発言をしまくっていたとのこと。

He has been reported in the past saying that a woman should have the right to abort her unborn child if tests could determine it would be homosexual.

In addition, he has suggested a link between skin colour and sex drive, proposing a theory that black people have higher libidos.

He also claimed that beauty could be genetically manufactured, saying: “People say it would be terrible if we made all girls pretty. I think it would be great.”

ホモセクシャルの胎児を中絶する権利、黒人は性欲が強い説、美人は遺伝子操作で作られるので美人が多いほうがうれしい発言。ワトソン博士って、単なるオッサンじゃん! なんか、名著『二重螺旋』を若き日に読んで感動したり、名教科書『遺伝子分子生物学』に感嘆したりしたことが馬鹿らしく思えてきたぞ。

というわけで、こういうpolitically correctでない発言は一蹴されて終わりになるでしょう。

だがしかし、それで問題は終わらないのが難しいところ。というのは、実際に、何かのきちんとしたテストをしてしまうと、いろんなものに有意差が見つかってしまうのも事実だからだ。たとえば、「身長」をとってみよう。きちんとしたテストをすれば、オランダ人の平均身長は、日本人の平均身長よりもくっきりと高いことは証明されてしまう。これは明らかに遺伝子レベルの差異であろう。オランダと日本で栄養事情にそれほど差があるとも思えないし、ライフスタイルもそんなに変わらない。同じように、男性と女性の平均身長に有意な差があることも証明されてしまう。これも、遺伝子レベルの差異であろう。「身長」の有意差について、「それは馬鹿げている」と言う人はほとんどいないだろう。だとすると、ちゃんとはかったときに、遺伝子レベルでの差違が明白にありそうなものとしては、身長以外にはないのか?という疑問が浮かんでくる。ここからがややこしい話になる。現代の双生児研究(近過去のじゃなくて)は、遺伝子関与は、人間の身体的特徴だけではなく精神的特徴に至るまであらゆるところにまで<程度の差はあれ>及んでいる、という、なかなか動かし難い(文化・社会環境からの影響も考慮したうえでの)データを出し続けている。ワトソン博士もたぶんこういうデータを参照してはいるんだろう。これらの研究は、文化的・社会的・ジェンダー的関与がない、と言っているのではなくて、逆に、そういう関与があるのは当然であり、<それに加えて>遺伝子関与があると言っている。ただ専門研究者たちはこういう言説を専門論文の外で発言することにかなり腰が引けている。

このへんはかなり難しいところだろう。「遺伝子関与があるなんて馬鹿げている!」と言う人たちは、「人間の身体的・精神的特徴には、文化的関与はあり、社会環境からの関与もあり、親や家庭の環境の関与もあり、栄養状態の関与もあり、ジェンダー秩序からの関与もあり、教育の関与もあり、・・・・、だが遺伝子的な関与だけはぜったいにない!」と主張しようとしているのだろうか。それとも、「人間の身体的・精神的特徴に、どのような因子が関与しているのかは、複雑すぎるので、けっして分かるはずがない!」と言っているのだろうか。だが「身長」はそんなに複雑ではないだろう。では、どのあたりから複雑になっていくのだろうか・・・。脳もまた物質であることを考えてみれば、内面世界だけがいつまでも聖域ということにはならないだろう。とくに現在のように脳研究に異様な資金が投入されているとしたら。

もちろん、そういうことを暴くかもしれないような科学は、研究禁止にすべきだ、という選択肢は、私個人はありだと思っている。クローン人間産生研究も、人間の尊厳を守るために禁止された。同じ理屈で、比較遺伝子研究を禁止するというのはあり得る。

もし「馬鹿げている!」と言う人たちが、そういうことを「公共世界で発言すること」に反対しているだけなのだとしたら(PC)、そしてその科学的研究それ自体が馬鹿げていると言っているのではないとしたら、こういう差違を研究する科学は、一種の「ポルノ」として日陰でこっそりと進めてもらって、表舞台には出てくるな、という落としどころがあるのかもしれない。もしポルノはそもそもダメだということなら、この落としどころもダメとなろう。

ところで、もしこの社会が「身長」によってあきらかな社会的階層化がおきるような社会で(たとえば金持ち、有名人、尊敬を受ける人はみんな背が高いとか。低所得者、疎んじられる人etcは背が低いとか)あったとしたら、そしてそれが個人のアイデンティティに深く食い込むような社会であったとしたら、「身長には遺伝子的な関与がある」と発言するのは、「馬鹿げている!」という罵倒を浴びることになるのだろうか。私はひょっとしたらそうなるんじゃないかと想像する。