「きけわだつみのこえ」から聞こえてくる声
- 作者: 日本戦没学生記念会
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1995/12/18
- メディア: 文庫
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『新版・きけわだつみのこえ』は、95年に新しくテキストクリティークを施した新版である。不備の多かった戦後すぐの版に比べて、ずいぶんと原典に近づいているのだろう。学徒出陣で戦地に強制招集され、特攻隊などで死んでいった大学生たちの手記は壮絶だ。これを超える文学作品は多くない。
長谷川信の手記
歩兵の将校で長らく中支の作戦に転戦した方の話を聞く。
女の兵隊や、捕虜の殺し方、それはむごいとか残忍とかそんな言葉じゃ言い表わせないほどのものだ。
俺は航空隊に転科したことに、一つのほっとした安堵を感じる。つまるところは同じかもしれないが、直接に手をかけてそれを行なわなくてもよい、ということだ。
人間の獣性というか、そんなものの深く深く人間性の中に根を張っていることをしみじみと思う。
人間は、人間がこの世を創(つく)った時以来、少しも進歩していないのだ。
今次の戦争には、もはや正義云々の問題はなく、ただただ民族間の憎悪の爆発あるのみだ。
敵対し合う民族は各々(おのおの)その滅亡まで戦を止めることはないであろう。
恐ろしき哉(かな)、浅ましき哉。
人類よ、猿の親類よ。(284頁)
長谷川は1922年生まれ、明治学院高等部入学、1945年4月12日沖縄にて戦死。23歳であった。
*
上原良司のことは、テレビなどでも紹介されているから、ご存じの方も多いだろう。みずからを自由主義者と考え、全体主義へと傾斜していく軍国主義日本を否定した。しかし彼はその日本のために自ら命を捨てるのである。
悠久の大義に生きるとか、そんなことはどうでも良い。あくまで日本を愛する。祖国のために独立自由のために闘うのだ。(374頁)
「生を享(う)けてより二十数年、何一つ不自由なく育てられた私は幸福でした・・」で始まる上原の遺書は、感動的である。遺書全文は本書で読んでいただくとして、私が注目するのは次のような文章である。
人間にとっては一国の興亡は、実に重大な事でありますが、宇宙全体から考えた時は、実に些細な事です。驕れる者久しからずの譬(たと)え通り、若(も)し、この戦に米英が勝ったとしても彼等は必ず敗れる日が来ることを知るでしょう。若し敗れないとしても、幾年後かには、地球の破裂により、粉となるのだと思うと、痛快です。(376頁)
上原の脳裏には、宇宙全体の歴史から考えたときに、地球はいずれ破裂してしまうのだからいまの戦争など些細なことだという「突き放し」がある。国や民族や地球すらも相対化する知性がそこにはある。と同時に、上原の中には祖国日本のために闘い、死んでいくという自覚もある。しかし上原のこころを一番占めていたのは、おそらく、もっと別のものであった。
天国における再会、死はその道程にすぎない。愛する日本、そして愛する秊子(きょうこ)ちゃん。(374頁)
上原にとっておそらく一番大事だったのは、きょうこちゃんだ。上原は、家に隠していた羽仁五郎『クロォチェ』の本文に、暗号でメッセージを残していた。そのメッセージを拾い出してつなげると、このようになる。
きょうこちゃん さようなら 僕はきみがすきだった しかしそのとき すでにきみは こんやくの人であった わたしはくるしんだ そして きみのこうフクをかんがえたとき あいのことばをささやくことを だンネンした しかし わたしはいつも きみを あいしている (378頁)
上原が特攻機に乗るときに、きょうこちゃんはすでに天国の人となっていた。上原は、互いに矛盾するいくつもの思索を抱えながら、きょうこちゃんに会いに行った。上原良司、1922年生まれ、慶應義塾大学経済学部入学、1945年5月11日沖縄にて米機動部隊に突入戦死。22歳であった。
戦争を肯定するすべての思想を私は全否定する。