品川哲彦『正義と境を接するもの』

正義と境を接するもの: 責任という原理とケアの倫理

正義と境を接するもの: 責任という原理とケアの倫理

出版社のサイト:http://www.nakanishiya.co.jp/modules/myalbum/photo.php?lid=403

品川さんのこれまでの研究成果がまとめられたような、一読して情念のこもった著書である。

品川さんは、とりあえずの出発点としての「正義」の定義を「あるものがそれにふさわしいしかたで秩序づけられている状態」「あるものがそれにふさわしい者に帰している状態」(p.7)であると述べる。しかし、直後に品川さんも述べているように、「ふさわしい」とは何か、「秩序」とは何か、そして「ふさわしい者」とは誰を意味するのか、という超難問が待ち構えている。そこには、世代間倫理や人間と自然との共存という中長期的展望に関する責任の問題があり、また現在の問題としての女性・子ども・障害者・病人・老人をどうするかというケアをめぐる問題系がある。品川さんは、その2つを「正義と境を接する」という主題で論じていく。正義がこれまで論じなかったとされるこれらの主題に関して、ハンス・ヨナスの議論と、ギリガンを嚆矢とするケアの倫理を媒介に論じていく。個人的には、ヨナスの責任原理を批判していたハーバーマスが、いまになって生命倫理分野でヨナスの議論に接近している印象を受けたのが、興味深かった。

品川さんも、「それではどうすればよいか?」という疑問には、十分に答えられているとは私には思えない。しかし、ヨナスとケア倫理とを「正義と境を接する」という視点から同時に論じたものはこれまでにはなかったように思う。その意味では議論は端緒に着いたばかりだし、もちろん私自身も考えていきたい主題である。とても刺激的な論考だと思った。