「卵子を提供して神を感動させよう」

ヒトクローンES細胞の捏造で科学界に深刻なダメージを与えた、ファン・ウソク(黄禹錫)教授の事件の続報が、『女のからだから』No.253(2007/3/27)に掲載されている。ユン・ジョン・ウォン「研究のため、健康な卵巣まで摘出:黄禹錫事件から1年、国家生命倫理委が報告書発表」(7〜9頁)。

タイトルにもあるように、研究のために健康な女性から「卵巣」(卵子ではない)まで摘出していたという衝撃的な記事である。卵子摘出についてはWikipediaの記事にも載っているが、卵巣摘出については、たぶん日本ではほとんど知られてないのではないだろうか。

記事から引用する。

自分の体から「正常の卵巣」と判断される卵巣が摘出され、研究に提供されたにもかかわらず、卵巣が摘出された事実も知らないまま生きてきた女性たちの被害はどのように説明され、補償されるべきか方法が見えない状況だ。黄禹錫研究チームと卵巣を摘出した病院、管理監督をすべき政府など、だれひとりこれについての責任をとっていない。「定期的に生理があり、正常に機能する卵巣を持っているのにもかかわらず、卵巣の切除を行なわれたと推定される患者が39〜46歳の9名であり、このなかで両方の卵巣を切除したケースは8名である。」(7頁)

このグループは、卵巣(その中には無数の卵胞がある)を、本人のインフォームド・コンセントがないまま、摘出してES細胞研究に使用するという、前代未聞のことをやっていたことになる。

黄禹錫らは、女性研究員からも卵子を提供させているが、そのときには「卵子提供同意書」が提出させられている。さらに、

ある研究員の陳述によれば、黄禹錫は「神まで感動させよう」という表現を何度も繰り返しながら、「研究員、自ら、卵子を提供するのも神を感動させる方法」と話したそうだ。(8頁)

ユン・ジョン・ウォン記者は、「〜そうだ」という伝聞形式を使っているので、この部分は国家生命倫理委員会の報告書に書かれているわけではないのだろう。その分、割り引いて考えないといけないが、ここで「神」が出てくるのが、実はポイントなのかもしれない。

ヒトクローンを世界で最初に成功させたと自称した(嘘だったが)クローンエイドは、ラエリアンという新宗教が作った研究団体であり、ラエリアンの教義では、人間はクローン技術でみずからを複製することで「神=宇宙人」に近づけるということになっている。

韓国の宗教事情はよく知らないが、キリスト教キリスト教新宗教が、日本とは比べものにならないくらい力を持っていると言われている。

ヒトクローンをはじめとする超先端医学は、実は新宗教ととても相性がいいのかもしれない。(サリン製造したオウム真理教のことも想起せよ)。

なお、卵巣摘出に関しては、「韓国だから」というお約束の反応はしないこと。日本でも、卵巣摘出事件は過去にたびたび起きている。(優生保護法下における子宮・卵巣摘出問題を想起せよ)。同根である。

黄禹錫の事件から見えてくるのは、科学者という人間の抱え持つ、「他人を少々犠牲にしても、だましてもいいから、自分の研究で世界のトップに立ちたい」という強烈な「欲望」である。その欲望を実現してしまう科学者はきわめて少数であるのだろうが、その「欲望」そのものは、きわめて広く分布しているのではないかと推測したくなる。