スピリチュアルはなぜ流行るのか

<スピリチュアル>はなぜ流行るのか (PHP新書)

<スピリチュアル>はなぜ流行るのか (PHP新書)

 「スピリチュアル/スピリチュアリティ」という言葉は、元来は宗教と切り離せない。宗教の教えを学んだり、さまざまな儀礼に参加することで、人間は聖なるものを経験し、他者との絆を確認した。
 ところが、現代の先進各国では、宗教の枠を離れて「スピリチュアル」な事柄を個人の立場で追求する動きが目立ってきた。ジャーナリストの著者は、各種の事例を取材し、ブームの背景に潜む現代日本人の心性を探っていく。

 著者は島薗進さんの『精神世界のゆくえ』など、宗教社会学スピリチュアリティ研究を参照している。考察の視点は次の文章に明らかである。

 スピリチュアル文化が展開した背景には、近代をささえていた「大きな物語」が一九六〇年〜七〇年代から後退していったことがある。それと入れ替わるように、欧米のニューエイジ・日本の精神世界が登場した。一人ひとりにとっての「小さな物語」たちが必要とされる時代が始まったのだ。「宗教」には違和感をもつが、近代合理主義だけを信奉する気にもなれない。そのような人々は、二つのあいだに広がるグレーゾーン、つまりスピリチュアルな世界観にひかれている――。そんな話をした。(p.186)

 伝統的宗教の衰退と〈スピリチュアル〉の流行は、ポストモダン社会の現象とみなされている。

 一例を挙げると、江原啓之ブームへの言及がある。江原さんの著書の発行部数は700万部に及ぶという。私は江原さんについては知識がないが、彼が行うスピリチュアル・カウンセリングについては、次のような考察がある。

 この江原ブームも、じつはセラピー文化のなかの一つと位置づけることができるので、ここで見ておこう。……

 「スピリチュアル・カウンセリング」には通常のカウンセリングと多くの共通点があると指摘されている(堀江宗正、メディアのなかの「スピリチュアル」『世界』二〇〇六年十二月号、岩波書店)。やや簡単にまとめると、このようになる(括弧内は臨床心理学での用語)。

一、霊視により、相談者は江原氏に急速に信頼をよせる(ラポール=信頼関係の形成)
二、問題の遠因を過去の失敗・喪失・被害にもとめる(トラウマ理論)
三、問題を問題として感じている「ものの見方」そのものを変える(リフレーミング
四、守護霊を引き合いに出すことで、相談者が孤独ではなく、解決能力を潜在的にもっていることを示す(エンパワーメント)

 この章で見てきたように、セラピー文化はかつて「宗教」が果たした役割をしだいに担うようになっている。情報の消費者側から江原現象を考えると、セラピー文化というウェーブ(うねり)があってのブームと位置づけできる。その逆ではない。消費者はメディア(テレビ、本や雑誌、ネット)を通じて語られる江原氏のことばを自分に向けられた個別のものとして引きよせ、読み込んでいく。不特定多数へのメッセージを受けとったあと、思い当たることがらを自分の「小さな物語」に変換するのだ。(p.134-5)

 伝統的な宗教が強力に機能していた時代に「霊的指導者」としての教会の神父・牧師や、お寺の和尚さんが果たしていた役割を、江原さんは担っているということなのだろう。