『観念的生活』と哲学者

観念的生活

観念的生活

中島義道さんの新著である。ほんとに、本を出しすぎではないのか? 本人も著書中で書いているが、自分でも自覚があるみたいだ。本書もまた、細部の記述が面白くて引き込まれる。

ソクラテスは、考えに集中すると歩いている最中でもふと立ち止まり、アテナイの道路の真ん中で凝固したかのようにじっと考え続けたと言われている。ヒュームは、考え出すと夢遊病状態になり、気がついたらパジャマのまま街中にいることもあったと告白している。パスカルは、歯痛が襲ってくる時、考えることによってそれを忘れることができたと語っている。本物の哲学者とは偉いものである。そして、明らかにヘンである。(38頁)

たしかにそういう伝説はある。中島さんの書き方は上手である。

七十五歳のゲーテエッカーマンとの対話の中で、これまでの人生で幸福であったのは一ヶ月にも足りなかったと告白しているが、私はもっと少ないかもしれない。最近は幸福を感ずる時間を正確に測定することにした。久しぶりに何の予定もない日曜日、カーテンを閉め切って部屋に籠り、ベッドの中でラフマニノフのピアノ協奏曲の三番を聴きながら原稿に手を入れたりゲラをいじったりしていると、ふっと「あ、幸福だ」と実感したので測定し始めると、その状態は十分ほど持続した。サルトルの言う「特権的状態」(『嘔吐』)に近いかもしれない。この前ロンドンに行った時感じて以来だから、一ヶ月ぶりのことである。(202頁)

こういう偽悪的なつきはなした筆致も中島さん独特なのだろう。本書は、哲学を素材としたエッセイである。カントについて書かれたところなどは、さすがに専門家だけあって、なかなか面白い。はやく、中島時間論・存在論・死論の本格的な本を読んでみたい。